私の心霊体験記

そう強くはないが、私にはある程度霊感がある。生まれて六十一年を過ぎたが、霊体験としか思えない不思議な出来事も何度か経験した。あまり社交的な人間ではないので、家族や身内以外に自分が体験した不思議な出来事や怖い体験を殆ど話すことは無かったが、それでも話したいという思いは今まで大いに抱いてきた。そして今、ずっと胸につかえていたものを吐き出すように、私が体験した不思議な出来事の内容を語ろうと思う。結構不思議な体験をしてる方は多くいらっしゃると思うのだが‥
自分には全く霊感など無いと信じていた若い頃、私は初めて怖い体験をした。幼い子供達を抱えて昼間の仕事が出来なかった私は、新聞配達を選び朝早く町外れまで新聞を運ぶ仕事に就いた。町外れのその地区は山あり川ありお墓ありの道にぽつんぽつんと家があるような淋しい地区で街灯も少なく、それこそ車のライトを消したら真っ暗になってしまうような場所だった。そこで私は小さな墓所で明らかに人の輪郭をしたものが車のライトに浮かぶのを目にし、又別の日には嘗て悲惨な事故があり死者が出た現場近くで、叫び声のようなものを聞いたのである。その時はこんな時間に暴走族でもいるのかと思ったが、それらしきライトは一度も目にすることなく車やバイクは全く通らなかったしその声以外は静寂そのものだったのを覚えている。だが私は、それでもあまり深く考えずに仕事を続けた。

現実にその出来事にはそれほど恐怖は感じなかったのだ。鈍感というより霊はいるのだろうが自分には関係ない、気にしないと言ういう気持ちだった。車だから続けられたということもいえるだろう。だがそんな私でも、三度目に体験したその出来事には心の底から恐怖を抱いたのを覚えている。
その日の未明仕事を終えて町に戻る途中のこと、時速60キロ近いスピードで走る私が運転する車をぴったりつけてくる何かの気配を私は感じた。勿論そんなスピードで走る車についてくるなど、生きたものが出来る行動の筈がない。バイクも後続車も皆無、だが運転する私の右側に気配はぴったりついて離れない。右を向いたら駄目、右を向いたら駄目‥いつしか私は自分にいい聞かせ震える手でハンドルを握っていた。すると一向にそちらを見ようとしない私にしびれを切らしたのか、気配が一気に近づいてくるのが感じられた。そして今にも近づくかといった時、私ははっとして我に返り右を向いた。すると一瞬にして異様な気配は無くなり、元の静寂な暗闇が戻っていた。私が走ってたのは鉄道と並走してる国道で、因縁めいた話といえば高齢者の方がトンネル内で列車に轢かれて亡くなった事実はあるが、私を震撼させたあの気配が何だったのか勿論今でもわからない。

現実に見たり聞いたりした訳でもないのにそのものの気配だけ感じたこの体験が、一連の出来事の中で最も恐ろしかったのは何とも不思議なことだが、今でも忘れられない体験である。と‥怖い体験はここまででその後体験した不思議な出来事は全て身内の御霊と触れあったと思える内容で、不思議としか言い様のない体験だった。それは怖さなど微塵も感じない寧ろ懐かしくて嬉しく思えてしまう内容だった。
それでも私の前に現れた父は、最初は間違いなく怒っていた。それは実家で母と大喧嘩して、母を大いに困らせていた時だった。怒りに任せとことん反発する私に手を焼いていた母が用事で出掛け、私は久し振りに実家で一人留守番をしていた。すると急に家の中の様子が一変した。空気がひんやりしたかと思うと、障子は閉まっていたが隣の仏間から忘れもしない亡き父の咳払いが聞こえてきたのだ。もし障子が開いていたら、私はそこに亡き父の姿を見ることが出来たのではないかと思う。優しく大好きな父だったが、この時の父は間違いなく母と喧嘩して母を困らせる私を叱る為に出てきたのではないかと、私はそう感じた。その時私は、空気が変わるという現象を初めて体感した。空気がひんやりすると同時に、何もない空間に色がついて見えるのだ。更にその空間に雨のような斜線が浮かぶのを確かに目にした。亡き父との再開はその時が初めてだったが、その後思いがけない形で私は父の思いに触れることになる。思えば父の最期を看取ることが出来なかっただけに、私の悔恨の情はその後も長く私の心から消えることはなかった。今は父に出来なかった親孝行を、母にしっかりしなければと自覚している。それでも働く主婦として母として、日々の生活は様々な思いに耽る暇も無いほど多忙なものだった。そして夫の定年に伴い故郷に戻り、数年経った頃だった。ある日私は、少し年下の従兄弟が倒れて救急車で病院に運ばれたことを母から知らされた。彼は母の実家である大きな農家の後継ぎで、家が近かったせいで幼い頃はよく一緒に遊んだが、大人になってからは私が結婚で地元を離れ疎遠になっていた。彼には恋人らしき女性はいたらしいが、やはり農家に嫁ぐことにプレッシャーを感じたのか結婚には至らず四十代後半でまだ独身だった。その従兄弟が何故?病院の集中治療室で意識もなく横たわる彼の姿を見ても私は絶対持ち直してくれる、助かってくれると信じて疑わなかった。事実回復の兆候がみられると母から聞いて安心していたのだ。だが突然息を引き取ったとの知らせが入り私は愕然とした。お通夜や葬儀の際は何とか気を張っていた私だが、やはりショックで帰り道一人でハンドルを握りながら涙が止まらなかったのを覚えている。そして葬儀から帰宅した翌日の早朝、私は不思議な体験をしたのだった。

明け方、そろそろ起きようかなと思っていた時だった。私はふと、自分の寝ている場所の左側に何かの気配を感じた。然し私は閉まっている障子のすぐ脇で寝ているので、左側に人が入れる隙間など無く子供達も離れた場所に寝ていて、その気配が子供達の筈は無かった。
(あれ?何だろう‥おかしいな‥)
とそう思った瞬間、いきなり私の左の耳元で何か聞き取れないが囁くような声が聞こえた。何と言っていたのかはわからない。だが確かに何者かの声だった。今思い返しても確信はない。然しあれは従兄弟が私に別れを告げに来たのではないかと私にはそう思えてならないのだ。私は魂の存在を信じている。だから亡くなった人の思いを他の人より敏感に捉えてしまうのかもしれないが、それでもその死を嘆き悲しんだ大切な肉親の思いを感じ取ることが出来たのであれば、私は本望だと思っている。そして血縁という定義にどれだけに意味があるのかわからないが、私は伯母の葬儀の際にも、お坊さんのお経に混じって確かに女性の声を耳にしている。余りにも普通に聞こえたのであれ?誰かお経が読める女の人が一緒に唱えているのかなと、怪訝に思ったぐらいだが、葬儀の席でそのようなことが起きる筈もなく、誰に聞いてもそんな声聞いてないと否定された。

今はあれはやはり亡くなった伯母の声だったのではないかと、そう思っている。母は母で棺の中の姉に別れを告げる時、姉が微笑んでいるのがはっきりわかったという。
更にこういう経験もした。夫の両親と私は身内になるが、直接血の繋がりはない。義理の父は長男が生まれる一月ほど前に病気で亡くなったのだが、その義父が太平洋戦争を戦い抜いた元パイロットであったことは夫から聞いて知っていた。そしてその義父を思い起こさせるような不思議な出来事を私は数年前に自宅で体験したのだった。
[永遠の零]という映画を御存じだろうか?主人公は零戦のパイロットでラストは特攻機で米軍の艦船に突入していくのだが、その映画のテレビ版を自宅で見ていた時だった。主人公が乗った零戦が撃ち落とされて沈んでいく‥見ていても息苦しくなるようなシーンに私は余程チャンネルを変えようかと思ったが、日本人なら見なければいけないような思いに駆られ、そのまま一人で見ていた。すると不意に私は背後に人の気配を感じた。勿論部屋にいたのは私一人で現実には誰もいないのだが、何度もそんな体験をしてきた私だからこそ確信出来る気配だったのかもしれない。気配だけなら気のせいだと言われるかもしれないが、然しその時テレビ画面に何かの影が映り、それが確かに動いたのを私は見たのだ。

つまり、私の背後に何かがいたことになる。誓って言うが、そのようなものは何も無かったことを私は断言する。その時私の頭に浮かんだのは、亡くなった義父のことだった。義父が戦時中飛行機乗りだったことは知っていたが、特攻隊と関係あるのだろうか‥私は帰宅した夫にそれとなく尋ねてみた。すると正しく義父は終戦間際まだ二十歳そこそこで特攻隊のパイロットの教官をしていて、生前酒が入るとよくみんなを死なせて自分だけ生き残ってしまったと涙ながらに愚痴っていたという。そんな義父の思いを私はあの時感じ取ってしまったのではないか‥私にはそう思えてならない。
そして最後に語るのは、以前[大地の記憶]の後書きでも触れたあの体験‥熊本地震が起きるほんの数日前に体験したあの不思議な出来事である。あの時‥当たり前に過ごしていた何でもない日常がいきなり恐怖に包まれた。昼間自宅で私の頭に突然激しい揺れに襲われ恐怖に顔を歪める自分の姿が一瞬だがはっきり浮かんだのだ。不思議としか言えない体験だった。だが私は、その時は強くそんな自分を否定した。そしてこんな怖いことを思い浮かべた自分に怒りすら感じた。何でこんな怖い事を考えたんだろう。熊本で大地震なんて起きるわけないのに‥事実ほんの一瞬だが、私はかなりの恐怖を感じたのを覚えている。

だがその数日後、その時の自分の姿は現実のものとなった。今となっては証拠といえるものはない。だから断言しても説得力はないだろう。然しあの一瞬感じた思いは、以前父の霊に障子越しに叱られたあの時の感覚ととてもよく似ていたのだ。亡き父が私にこれから大災害が起きることを何とかして伝えようとしてくれたのではないか‥それを自分は多分受け止めることが出来たのだ‥私は今、そう堅く信じている。
私の経験について長々と語ってきたが、霊感が無い方でも肉親の死について別れを告げにきたのではとしか思えない不思議な体験をされた方もおられると思う。とにかく最後に言いたいのは、霊は確かに存在するが必ずしも必要以上に怯えるべきではないということだ。よくふざけて心霊スポットに行く人がいるがそれは論外、確かに非難されるべき行為だと思う。だが私が最初に書いた体験のようにどうしても関わらざるを得ない状況になった時、そういうものがいても自分には関係ないと強い意志を持って突き放す態度も必要ではないかと私は思うのだ。生きてる人にはその人の生活があり守るべき大切な家族がいる。自分の人生は自分のもの、着実に懸命に生きている限り人は自信を持って進むべきで、その上で亡くなった大切な人々の思いにも心を馳せて决して忘れないという最高の供養を続けていくことが大切だと私は心からそう思う(了)